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ファム ファタル (火狩とマリナ)

懐かしい夢を見た。



「ちょっと、火狩、待ちなさいよ!歩くの早すぎるってば!」
ガサガサとうちの小学校の裏山の道を歩いている俺の後ろから、ぎゃあぎゃあと騒ぐ声がする。
「うるさいな、付いてくるって言ったのはマリナだろ。早く行かないと、すぐ暗くなるぞ。」
だんだんと道らしきものが無くなり、生い茂る草をかき分けながら、俺はちらっとマリナを見る。
「だって美味しい水が湧き出るところがあるんでしょ?そんなの独り占めなんてズルいわよ!うーん、出来たら美味しいおやつもあったらいいのになぁ。」
俺が作った道跡を辿りながら付いてくるマリナは、本当に小さい。
転校が多くて人懐こいとは聞いているけれど、こいつの怖いもの知らずなところは嫌いじゃない。
「・・・クッキーとキャンディを持ってきてるから、着いたらやるよ。」
ふいっと前を向いて俺がそう言うと、後ろから明るい声が聞こえる。
「やった―!火狩、早く行こう!」
ててっと走って俺のすぐ後ろに追いついてきたマリナから、ふわっといいにおいを感

じる。

草いきれと混じってそれはすぐかき消されてしまうけれど、俺の胸でトクンと何かが

鳴った気がする。

「・・・っ、おまえ、切り替え早すぎなんだよ!」

何かを誤魔化すかのようにぶっきらぼうに話すオレに、マリナがぶーっと膨れたけれ

ど、俺はそのまま歩き続けた。



「んー美味しい!夕日もキレイだしここって隠れ場所にぴったりって感じよねぇ。」

こくこくと湧水を飲み、少し開けた草むらに2人とも座ってクッキーとキャンディを食べ

て一休みしていると、マリナがしみじみとそんなことを言う。

「ここは俺が見つけた場所なんだから、誰にも言うなよ。本当はバラしたくなかったん

だから。」

「火狩ってそういうところガンコだよねー。」

「意思がかたいって言ってくれよ。」

俺がそう言うと、何がおかしいのかマリナがクスクスと笑う。

「何がおかしいんだよ?」

少しムッとして聞き返すオレに、夕日を背にしてマリナが後ろ手に手を組んで振り返

る。

「今日火狩とここに来れて良かったなーって思ってさ。」

「は?おまえ、何言って・・・。」

「きゃああっ!」

俺が問いかけるのとマリナの悲鳴が同時に起こり、足を踏み外したマリナが落ちて

いくのを見た俺はマリナに飛びついていた。




ツンと鼻をつく消毒液の匂いに意識が呼び起され目を開けると、そこに左腕をギブス

で覆われ三角巾で吊ったマリナの姿があった。

「火狩、目が覚めたのね。頭痛くない?」

「・・・いや、大丈夫だ。ここは病院なんだな。」

自分の体を見ると、細かい傷の他に右脚を骨折してベッドに吊られていた。

「火狩のお父さんは今先生の話聞きに行ってるわ。あんた、落ちたあたしを庇って川

に落ちて、気を失ったあたしをおんぶして学校まで戻ってくれたのよ。・・・面倒かけ

てごめんね。」

マリナの話を聞いてこうなるまでのことを思い出した俺は、少し溜息を吐いた。

「なんだかんだ言っても連れて行ったのは俺だ。マリナの立っていた場所がぬかるん

でいやすいのを知っていながら気を付けなかった俺が悪い。・・・怪我までさせてしま

ったな。」

「あんた、本当にがんこねぇ。」

ぽりぽりとマリナは自分の顔を掻いてから、俺を見る。

「・・・あのね、あたし明日引っ越すの。また転校するんだ。」

「え・・・。」

「だから火狩とあそこに行けてさ、良かったと思ってる。こんな怪我なんて気にする必

要ないわよ、あたしのほうがあんたを巻き込んでごめんねって思う。」

二の句が継げなくて黙ったままの俺に、マリナが小さな声で言う。

「・・・生きてればまた会えるから、いつかあたしを見かけたら相手してよね。あたしも

するからさ。」

「・・・オレに気付くのかよ?」

「わかるわよ、たぶんね。」




不思議と忘れられなかった、転校して行った彼女。

今まで色々な人と出会って来たのに、なぜか心の片隅にいた。

・・・きっと、初めて風を感じたのが彼女だから。



「・・・遼、起きたのか。もうすぐアメリカに着くぞ。」

飛行機のシートベルトを弄る親父の声に、自分がうつらうつらと浅い眠りに漂ってい

たことに気付く。

なぜこんな懐かしい夢を見たのか、自分でも解っていた。

日本を発つ前の飛行場で、遠くから彼女を見つけたからだ。

大きな眼鏡を掛けて相変わらず小さいマリナは、大きなスケッチブックを抱えていた。

ふっと顔を上げた彼女と目が合ったように感じると、右手を挙げ小さく手を振ってくれ

た。



『・・・オレに気付くのかよ?』

『わかるわよ、たぶんね。』




あのとき、気を失った彼女をおんぶしたときの体温を思い出す。

無意識に俺の肩をぎゅっと掴んだ彼女の手も。





俺に気付いてくれて、ありがとう。






俺も小さく手を振り返し、踵を返して搭乗口へ向かう。




恋に落ちたユメミと、風を運んでくれたマリナ。

俺には2人のファム ファタルがいる。





Fin








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