FC2ブログ

猫の旅 外伝 ~女子会 その後~ 2

「マリナさん、起きてください。アルディへ帰りましょうね。」
鈴を転がすようなジルの美声で、あたしは飛び起きた。
「ふぇっ!あ、おはようジル・・。今何時?薫はいないの?」
あたしが目を擦りながら聞くと、ジルはくすくす笑いながらくしゃくしゃのあたしの髪を優しく梳かし始めた。
「今は9時です。薫さんはシャルルの定期健診で先にアルディに向かいました。シャルルが起きるまであちらでヴァイオリンの練習もしたいからと早めに家を出たんです。私ももう出ないといけませんし、サンドイッチを作りましたので車の中で召し上がっていただけますか。」
わーい、ジルのお手製サンドイッチ食べる!
あたしは急いで身支度の用意をした。

「マリナさん、ガイが待合室で薫さんを迎えに来て待っているそうです。お会いになられたらいかがですか。私は仕事がありますのでお付き合いできませんが・・・。」
アルディに帰って今日の予定をチェックしていたジルが申し訳なさそうに言うので、あたしはにぱっと笑って言った。
「そうするわ、ジル。いつもありがとう!」
ジルが華開くように微笑むのを見て、ああジルは本当に綺麗だなぁと思った。

アルディ家には防音室も完備されてて、そこで薫は練習していた。その前の待合室にあたしは近寄りノックした。
「どうぞ。」
麗しいガイの声が聞こえたけど、翻訳ピアス越しってことは、ガイフランス語覚えたのねっ!
ガチャッとドアを開けてあたしが顔を覗き込むと、昔より精悍になったガイの姿が見えた。
「マリナ!久しぶり!」
満面の笑顔になったガイがあたしを引き寄せて力いっぱい抱きしめ、顔中にキスの嵐を受けた。この天真爛漫さは相変わらずなのね・・・。
それに日本語も話してる!
「ガイ、すごいわ!フランス語も日本語も覚えたの?すごく立派な紳士になったのね!」
「フランス語はカオルと定期健診にフランスによく来るからね。日本語はカオルやマリナの文化を少しでも理解したくて勉強したんだ。マリナのマンガもずっと読んでたよ。面白かった。」
ガイがサファイア色の瞳を細めてニコニコ笑い、あたしを自分が座ってたソファに座らせ自分も横に座った。
「・・ガイはずっと薫を見守っててくれたのね。あたし、何も出来なくて・・。ごめんね。」
「カオルが会えるようになるまでマリナに待ってて欲しいって言ってただろ?相手を信じて待つのも覚悟がいると思うんだ。マリナの気持ちをカオルは解ってるよ。オレはずっと傍で見てきたから知ってるんだ。」
「ガイは、薫をどう思ってるの・・?」
あたしがじっとガイを見つめると、ガイはくしゃっとあたしの髪をかき上げた。
「タツミと過ごしたカオルも、タツミの気持ちを理解し今の状況を受け入れたカオルもオレは受け止めるよ。傍にいて守ってやりたい。カオルは強いけれども、脆いところがあるから。」
金色の巻き毛を揺らしサファイア色の瞳を煌めかせたガイは静かな威圧感を纏わせていた。
「オレは、カオルと共にいる。そう決めたんだ。」
ガイはそう言い切るとあたしの顔を覗き込んだ。
「・・マリナはシャルルと過ごせるようになったんだね。いろいろなことがあったと思うけど、今のマリナは穏やかな顔してるから安心したよ。」
その言葉を聞いてポロッと涙をこぼしたあたしを、ガイはあせって抱きしめた。
「泣かないで、マリナ!」
「久しぶりに会ったあたしの親友を泣かせるたぁ、いい度胸だな、ガイ?」
練習を終えてヴァイオリンを抱えて部屋に入ってきた薫が、皮肉げに声を尖らせガイを三白眼で睨んだ。
「勘弁してよ、カオル。マリナ、大丈夫?」
ほとほと困った様子のガイを見て、あたしと薫は笑ってしまった。
「なんだよ、二人して笑うなよ。それよりカオル、もう練習はいいのか?」
「ああ、もう少ししたらシャルル大先生の診察を受けて終わりさ。なんだい、もう帰らないといけないのかい?」
「そうだね、診察して異常がないようなら一度イギリスに帰ろう。マリナも落ち着いたら遊びにおいで。待ってるからね。」
にっこり微笑んでいうガイにあたしは大きく頷いた。
「うん、行くねっ!マンガのネタになりそうなとこ連れてって!」
「マリナだけ来るのかシャルルも付いてくるのか楽しみだな。」
にやっと笑ってあたしに流し目をよこす薫の色っぽさったら!無駄に色気出すな!


その日の夜、あたしはシャルルを待ってベッドの上で座っていた。
「・・どうした、マリナ。オレに話があるのか?」
お風呂から出てきたシャルルはいい香りがして、濡れた白金髪をかき上げるしぐさ、逞しい身体を覆うバスローブ姿も綺麗で、いつも見惚れてしまう。
あたしはそれを誤魔化すように、ずっと思ってたけど言えなかったことを言った。
「・・・シャルル、薫や兄上を長い間見守ってくれて、ありがとう。」
お互いの瞳の中に同じ時間を過ごせなかった影が過ぎった。
「・・オレの患者だからね。マリナが思い煩うことはないよ。」
「それでも、あたしはシャルルに感謝するの。それしか、出来ないから・・。」
あたしはぎゅっとシャルルに抱きついた。シャルルは優しく背中を撫でてくれる。
「オレは感謝されるより、もっと欲しいものがあるよ、マリナ。」
「なぁに?」
「これから・・未来永劫に君と過ごす時間。それだけでいい。」
「シャルル、それ・・。」
「もう離さないってこと。・・覚悟してくれ。」
「うん・・。」
静かに重なる口唇。
神聖な儀式を交わすよう。
抱き合う二人を照らす月明かりが濃くなり、やがて見えなくなった。



Fin

スポンサーサイト



猫の旅 外伝 ~女子会、その後~ 1

うう、頭がふらふらする・・・。
覚醒してきたあたしは、何か柔らかなところに寝かされているのはわかった。
「お、目が覚めたか。上気した頬が色っぽく映るじゃないか、マリナちゃん?」
くっくっくと薫が笑いながら、あたしの顔を覗き込んでくる。
薫はバスローブに身を包み、またこれが薫り立つように色っぽいっ・・。くうっ、あんたに色っぽいなんて言われたって信じられるか!
ところであたし、なんでパジャマ着て寝てんだっけ?
たしか薫と一緒にジルの家に来て女子会やろうってことになって・・・。
「あーーーっ!」
思い出したっ!

薫はお酒が飲みたいって言ってたんだけど、ジルが確認したらまだワイン一杯くらいしかシャルルから許可がでないらしい。
ぶーたれた薫にジルがなだめるように言った。
「良かったら皆でお風呂に入りませんか?このアパルトマン、お風呂は特に広いんです。」
「あたしの身体を見てびっくりしないかい?」
薫は苦笑いしてそう告げたけれど、何言ってんの?
「手術創のこと?薫が生きている証なのよ。びっくりなんてするわけないじゃないの。」
「私もそう思います。長風呂はいけませんが、こうやって女性同士で過ごすのもいじゃないですか。」
薫はくすっと甘い笑みを零し頷いた。
「そうかい?じゃあご一緒しようか」
薫はあたしの腰に手をあて促し、あたしと薫はジルの案内に付いて行った。


「ほんっとに、広い・・。アルディ家のお風呂ほどじゃないけど、こんなに広いのすごいよ!」
「お風呂だけはゆったりとした空間が欲しくて、我儘いいました。ここでゆっくりしてるとストレス解消になるんです。」
「ジルのストレスの原因はシャルルかい?今更ならないかねぇ。」
軽く身体を清めた後、3人揃って湯船に入った。それでもまだゆったりしてるなんて、ジルってお風呂好きなのね。知らなかったわ。
「見かけによらず、やんちゃなミシェルに翻弄されてますから。」
「お、惚気かい。まぁ、ミシェルの相手も大変そうだけどな。」
「薫さんはどうなんですか?」
「あたしゃ最近ガイのお節介に付き合ってるよ。あいつは天然なところがあるから、たまについていけないときもあるがな。」
呆れつつそう言う薫は得も言われぬ表情を浮かべていた。薫は兄上のことがあるにせよ、ガイを特別に思っているのだとあたしは思った。
あたしは何があったって薫とジルの味方なんだからね!恥ずかしいから言わないけど。
そう思いつつ指鉄砲でお湯飛ばして遊んでたら、あたしの後ろに回った薫がむんずっとあたしの腰を両手で掴んできた!
「んぎゃっ!何すんのよ薫!」
「マリナちゃんはシャルルに可愛がってもらってるんだろ?あたしが確かめてやるよ。」
すっかり面白がった薫にあたしはさんざんセクハラされて、すっかりのぼせてしまったのだ。
そして、二人がかりでパジャマに着替えさせられ今に至ると・・・。

「か~お~る~っ.、あんたねぇっ!あたしで遊ぶなっ!」
さっきしおらしくあんたに対して思ってたこと取り消してやろうかしら!
「いやいや、親友が大人になったのがわかってあたしゃ安心したよ。」
どこらへんでわかったのか聞いてみたいけど、なんか怖いわ!
「ま、あたしはおまえさんたちの味方だから、がんばんな。難儀な双子だけどね。」
薫はそういうとするっとベッドに入ってきた。
反対側からジルも入ってきたので、すっかり川の字になっている。うっ、悲しい。
「さ、長い話をお互いしようじゃないか。誰が一番先に寝てしまうかな?」
「こうやって過ごすのも楽しいですわね。夜は長いですわよ?」
うーん、なんか恐ろしいけど。ま、いっか。
そう思いつつあたしは楽しくなるであろう夜に想いを馳せた。



猫の旅 外伝 2 ~女子会~

「か、薫っ・・!会いたかったっ・・!」
あたしが薫に抱きつくと、薫はあたしの顔を自分の胸に押し付け、くすくすと笑った。
「久しぶりの逢瀬に熱烈な告白が嬉しいね、マリナちゃん?・・・ジル、今回はお招きいただいてありがとう。ジルが手配してくれていなかったら、SPに邪魔されてこの席までたどり着けなかったよ。」
「お久しぶりです、薫さん。・・あまり抱き込みますとマリナさんの鼻がつぶれちゃいますよ?」
ジルが微笑みながら薫に席を促すと、薫はあたしを解放してあたしを座らせ、自分も席に着きオーダーに来ていたウエイトレスに紅茶を頼んだ。
「低い鼻がますます無くなってないかい、マリナ?ふーん、あんたも少しは成長したかねぇ。」
あんたって人はその毒舌は昔のまんまだよね!ある意味安心する自分が悲しいわ・・。
薫は昔より少し華奢になっていて、少し長めになった褐色がかった髪、思いつめたような三白眼を穏やかに煌めかせ、開襟シャツのうえにカーディガンを羽織り、細見のジーンズで長い脚を覆っていた。
「・・薫、あたしね、薫から毎年来るハガキ待ってたの。『会えるようになるまで待っていてほしい』っていつも書いてあったから、お金貯めていつでも出れるよう準備してたんだ。」
小菅のあと薫や兄上とは会えなくなってしまったけれど、薫から連絡がもらえたのであたしは待つことにした。それが薫の意志だったから。
「あたしがこうやって普通に行動できるようになったのは、最近のことなんだ。でも、マリナの近況はマリナのマンガをずっとガイに取り寄せてもらってたから知ってたよ。・・今はガイがあたしの後ろ盾になってくれていて、身体や精神的なケアはシャルルがしてくれた。あいつはいけ好かない奴だが、あたしを見捨てることはしなかったのさ。」
運ばれてきた紅茶に口を付け、薫はあたしを懐かしげに見つめた。
「シャルルの用意してくれた静養地で先に覚醒したあたしは、兄貴が目覚めるのを待った。兄貴が目覚めてからは一緒に必死にリハビリをした。・・考えてみればこのときが一番兄貴と一緒に過ごせた日々だったよ。お互いに幸せだった。でも兄貴は消息を絶ってしまった。『残りの人生を自分が葬ってしまった人達のために過ごす』と書置きだけを残していった。でも、あたしはもう荒れたりしなかった。例え離れていてもあたしたちはお互いを思いあっているし、こういう風にしか出来ない愛もあるとわかったんだ。もう兄貴に会えることはないと思う。」
あたしが聞き入っているのに薫は苦笑して、あたしの髪をくしゃくしゃとかき回してきた。
「兄貴はあたしのバイオリンでの復帰を願っているだろうし、どこかで見守ってくれているだろう。そう思うあたしをガイはずっとサポートしてくれた。あたしがこうやって今過ごせるのはガイのおかげでもあるが、あの青春の輝きを過ごした皆のおかげでもあるのさ。縁っていうのは不思議なものだな。・・泣くなよ、マリナ」
薫があたしの涙を繊細な指で拭ってくれた。
「だからマリナ、あんたが望んだことをあたしは何でも受け入れるよ。親友だもんな。・・シャルルと一緒にいたいんだろ。でも黒須とのことを比べちゃいけないよ。どちらも死ぬほどマリナを思っているんだから。」
あたしはぽろぽろ涙を流しながら、こくんと頷いた。それしか出来なかった。
そんなあたしたちを優しく見守ってくれていたジルが、あたしの涙を拭いて薫に向き直った。
「今日はガイはどうされているのですか?後でお迎えが来ると聞いていますが・・・。」
「あたしは今フランスに居るが、復帰に向けて動いてくれているガイの負担を減らすために、あたしが持っているイギリスの家に引っ越すための準備をしてくれている。動いていいとやっと主治医であるシャルルの許可が出たしな。」
にやっと薫があたしたちを見て笑った。
「さて、マリナちゃん?いろいろ愉快な話を噂で聞いてるぜ?長い話になりそうじゃないか・・。今日は時間がある、このまま3人で女子会としゃれ込もうぜ。どこかゆっくり出来るところで美味しいお酒でも飲みながらさ。いいだろ、ジル?」
人差し指を可愛く顎に当て、首を少し斜めにしたジルがゆっくりと答えた。
「そうですわね・・・。とても楽しそうですし、わたくしの部屋に来ますか?何かあればシャルルでもガイでもミシェルでも連絡来るでしょうし。」
それ、いつでもその3人の誰かが踏み込んできてもおかしくないということでは・・・?
あたしが戦々恐々としていると、薫が楽しそうにあたしの肩を抱いて歩き出した。
「楽しい女子会を邪魔してくるようなやつは、撃退してやりゃいいのさ。楽しみだねぇ・・・。」
薫って変わったようで、実はあんまり変わってないのかもしんない・・・。
まぁいっか。女子会って初めてだし。
せっかくだから楽しみましょう!
そのあとの騒動に思い至らなかったあたしは、そのときのんきにそう考えていたのだった。



Fin


猫の旅 外伝 1 ~女子会~

「ジル、ここのケーキもサンドイッチもクレープも美味しいわねっ!あたし、すごく幸せっ♪」
あたりに花畑が咲きそうなほどの上機嫌であたしが言うと、ジルがお茶のカップを受け皿に戻しながら、くすくすと笑った。
「マリナさんとこうして外でお茶出来て嬉しいですわ。久しぶりの外の空気はどうですか?」
あたしはちょっとぐったりして言った。
「新鮮に感じるわよぉ。ま、あたしがシャルルを怒らせてばかりなんでしょうがないわ。なんか地雷ばっか踏んじゃうのよね・・。ジルがこうして外に連れ出してくれて感謝してるわ。ありがとうね!」
「そのことなんですが、SPはこれから始終付くので覚悟してくださいね。シャルルはマリナさんが心配なんですよ。傍に居れなくてもいつもマリナさんを気にかけています。マリナさんはシャルルがただ一人と定めたファム・ファタルですから。」
静かにあたしを見つめ話すジルは、嫋やかな花のように美しかった。
「・・あのねジル、ジルがミシェルの傍にいる事を聞いてもいい?」
あたしがそう言うと、ブルーグレーの瞳を煌めかせ、ジルは軽く頷いた。
「・・・今になって解るのですが、私は同胞のようにシャルルを愛していました。小菅の後、私はシャルルの秘書として傍にいましたが、荒れていくシャルルを見るのは辛かった。そうこうしているうちにアルディ家の中で内部分裂が始まり、シャルルは鑑定医として過ごすほうが多くなりました。表面上はシャルルが当主代理のままでしたが、ミシェルは周りの者に出来ることは任せて様子を窺っているようでした。」
ジルはお茶を口に含み、軽く溜息をつくと話を続けた。
「ミシェルにはアンテロスのときまで会うことは出来ませんでした。ミシェルが公然とアルディ家にいることになって、私は何回も面会を申し込みました。私があまりにもしつこいので、ミシェルは面白がって最後は了承してくれました。ミシェルには小手先は通じないと思いましたので、隠し事だけはしないようにしようと思いました。そうするとミシェルは私とは会ってくれるようになりました。そうしてこうなった経緯には納得していないがシャルル自身をもう責めるつもりはないこと、自分が当主になってもならなくてもどうでもいいこと、自分の血から逃げることは出来ないが、本当は静かに暮らしたかったことなどを少しづつ教えてくれるようになりました。ミシェルもなぜ私には話せるのかと不思議そうでしたが、楽しんでもいるようでした。こんなことは初めてだと。」
そこまで言うと、ジルの瞳からぽろっと真珠のような涙が一粒零れ落ちた。
「私はその静かな時間を、長い間ミシェルと過ごしているうちに彼を一人の男性として深く愛していると自覚しました。シャルルへの思いとは根本的に違うと解ったのです。ミシェルが私を受け入れてくれると思えなかったのですが、伝えないまま終わるのは我慢できなかったので、彼に告白しました。そうしたらミシェルが私をただ一人の人だと言ってくれたのです。」
あたしは立ち上がり向かいに居たジルの方へ体を寄せ、ハンカチでジルの涙を拭うと、ジルは薫り立つような笑顔を向けてくれた。
「『オレはジルの為に動くよ』と言ってシャルルが唯一愛しているマリナさんを見つめ、マリナさんの思いを推古し、和矢さんに会いに行きました。和矢さんは驚いたようでしたが、何回も足を運ぶミシェルを信用するようになり、シャルルを心配し、マリナさんの思いを理解して、シャルルに手紙を出してくれました。」
今度はあたしが涙ぐむと、ジルがハンカチでそっと撫でてくれた。
「まぁ、あのときはミシェルの行ったことに心底驚きましたけどね・・・。まさかマリナさんが猫にされるとは思わなかったですから!」
くすくすと笑いだしたジルに、あたしもつられて笑った。
「そういえばジルはミシェルが白い虎になったときお世話してたんでしょ?大変だったわよね!」
「目の前で変身されたら現実を受け止めるしかありませんわ。ずっとあのままでなくて良かったです。でも、あのふかふかのお腹でもう一度眠りたいですわ。」
夢みるようにジルが話し出した。
おーい、帰ってきてよー。
あたしがとんとんとジルをつつくと、にっこりとジルが微笑んでくれた。良かった、帰ってきたわ。
「ミシェルは策士家なのでマリナさんは大変だったと思いますが、こうして過ごすことが出来るようになって良かったですわ。」
ジルは他人事みたいに言うけれど、ジルも結構その傾向あると思う・・・。たまに悪魔の尻尾が見える気がするんだもの。
なんとなく恐れ戦いていると、ポンと後ろから肩を叩かれた。
「よっ、マリナちゃん。久しぶりだねぇ。会えて嬉しいよ。」
こ、この人をおちょくったように話すこの口調は・・・。
あたしが振り向くと、すっかり大人っぽくなった薫がそこにいた。



猫の旅 番外編 ~薔薇と嫉妬~ (シャルル×マリナ)

「ミギャー、ニャニャニャッ、ギャーッ!」
「ぜぇっったいイヤだ!と言ってるよ、シャルル。・・どうする?」
ミシェルが優雅に一人掛けのソファに座りながら、猫のあたしを抱きかかえようとするシャルルにちらっと優美な視線を送る。
それを受け、きらっと青灰色の瞳に剣呑な光を浮かべたシャルルは、クッションに死ぬ気で爪を立て離れようとしないあたしを片手に持ち、ポケットからあるものを取り出した。
それをあたしの鼻元にあてると、あたしはくらっときてしまった!
シャルルがあたしに押し当てたものは・・・またたびだった。
くてんとシャルルの腕の中で仰向けになり、されるがままになったあたしをシャルルは抱き上げ、にっこり笑って出口へ近づいた。
「さて、マリナちゃん。ミシェルと同じ事をオレともしてもらうよ?風呂に入れてあげるからね。」
ミシェルが背後で笑いを噛み殺しながら小さく手を振っているのが、シャルルの肩越しに見えた。
何もまたたびで酔わせてまでしなくてもいいじゃないの・・。


シャルルだけが入ることのできるこの大理石のお風呂は、代々の当主しか使えないものらしい。
大きすぎる浴槽いっぱいに生花の薔薇が色とりどりに散りばめられ、馨しい芳香を嗅覚の鋭い猫のあたしが気持ち良く過ごせるくらいに空間調整されて香っている。
何が助かってるかって、薔薇で浴槽が覆われてるのでシャルルの裸体全部を見なくてもすむこと。
そりゃあ好きあってるんだから、そういうこともしたけれど。
やっぱり恥ずかしいのよ、見るのも見られるのも。
シャルルはあたしの貧相な姿忘れてくれないだろうしなぁ。
そう思いながら、シャルルの膝の上で抱っこされてお湯で流されてうっとりとしていたら。
シャルルの腕の中で。少しづつ。
あたしの体が猫から人間に戻っていった。
シャルルは二回目なので特に驚いた様子もなく、あたしの体を支えてくれた。
だがあたしはそうもいかない!
「きゃあっ、シャルルッ、は、離してっ!あ、違う、離さないで!」
「いったいどっちなんだい?」
一瞬シャルルから離れようとしたあたしだけど、身体を見られまいとがしっとシャルルの胸にしがみ付いた。
くすくすとシャルルは機嫌良さそうに笑い、あたしの首元に顔を埋めた。
ううっ、これ、見られはしないけど心臓ドキドキいってるのまるわかりだよ・・。
「嬉しいよ、これはミシェルのときにはなかっただろ?オレの腕の中でしかマリナは人間に戻ってないんだよね。」
「う、うん・・。」
「・・・少しは嫉妬が収まるよ。マリナの事にミシェルが係わりすぎているのが気に入らないんだ。」
シャルルが薔薇に覆われた水面からあたしの身体を引き上げ、抱き返してくれた。
「シャルル、ここの薔薇、綺麗ね。アルディの人間は薔薇から生まれ薔薇へ帰るんでしょ?シャルルにぴったりね。そんなシャルルをあたしこれからも見つめていきたいの。シャルルだけよ・・。」
シャルルは腕を緩め顔を上げ、あたしの瞼に静かにキスを落とした。
そしてふわっと大天使が微笑むように、儚げだけども幸せそうに・・微笑った。
「ああ、マリナ。ずっと一緒にいよう。そしていつか・・一緒に薔薇に帰ろう。約束だ。」
あたしたちは誓いを交わすように、静かにキスをした。


「・・あのね、シャルル。あたしもう出たいの。だからその、・・・後ろ向いてて欲しいんだけど。」
途端にシャルルはむっと不機嫌になった。
「なぜそんなことをしなければならない?」
「し、親しき仲にも礼儀ありっていうじゃない?」
「ほう、君からそんな言葉が出てくるなんて思わなかったね。・・これは恋人同士では当たり前のことだ、却下。」
そう言うなり、優雅な薔薇のお風呂からシャルルに抱かれたまま立ちあがされ、すたすたと出口へ連れていかれた。
「シ、シャルル?何するの?」
「君はオレの恋人という認識がまだ浅いようだからね。しっかりと解らせてあげるよ?」
にっこりと笑ってるけど瞳は笑ってないよ!
「いや、あの、その、ちょっと待って!」
「覚悟を決めるんだな、マリナ。・・・逃がさないよ?」




もう本当にさ、シャルル。
お願い、手加減してください!





»